歸國米山獎學生歡迎加入中華民國扶輪米山會(台灣米山學友會) ~~~ 2018日本賑災捐款, 感謝學友大力支持!!!!!
會務專區

山中 彩

第十屆
姓名:山中彩
獎助期間:2018年9月1日至2019年08月31日
學校:國立臺南藝術大學應用藝術所纖維組
編號:RYT18021 

小島 和華子

第十屆
姓名:小島和華子
獎助期間:2018年9月1日至2019年08月31日
學校:中興大學生物醫學研究所
編號:RYT18022

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小菅 理沙

第十屆
姓名:小菅理沙
獎助期間:2018年9月1日至2019年08月31日
學校:國立台灣大學政治系國際關係組
編號:RYT18023

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烏谷 亞紗子

第十屆
姓名:烏谷亞紗子
獎助期間:2018年9月1日至2019年08月31日
學校:屏東科技大學
編號:RYT18025
 
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松葉 隼

 

第十屆
姓名:松葉隼
獎助期間:2018年9月1日至2019年08月31日
學校:國立政治大學 台灣史研究所博士班
編號:RYT18024







平良 佑司

平良 佑司

第九屆
姓名:平良佑司
獎助期間:2017年9月1日至2018年08月31日
學校:國立政治大學IMBA
編號:RYT17017

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村上 優

村上 優


第九屆
姓名:村上優
獎助期間:2017年9月1日至2018年08月31日
學校:國立台灣大學 人類學研究所
編號:RYT17018

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邊 美鈴

第九屆
姓名:邊美鈴
獎助期間:2017年9月1日至2018年08月31日
學校:國立師範大學 中國語教育學科
編號:RYT17020

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彥田 惠里


第九屆
姓名:彥田惠里
獎助期間:2017年9月1日至2018年08月31日
學校:國立台灣大學 生物產業傳播暨發展學系
編號:RYT17019

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伊藤 剛浩

伊藤 剛浩

第八屆
姓名:伊藤剛浩
獎助期間:2016年9月1日至2017年08月31日
學校:國立清華大學 通訊工程研究所
編號:RYT16016

2 0 1 6 年9 月から國立清華大學通訊工程研究所に留学している伊藤剛浩と申します。ロータリークラブ米山会の皆さまには、留学したばかりでまだ右も左もわからない私を、親身になってサポートしていただいていることに大変感謝申し上げます。「好きこそものの上手なれ」という句があります。私は幼いころからコンピュータの構造の勉強が好きした。中学生や高校生の時にはもちろんそんな授業はありませんでしたから、本を買ったりインターネットを通して勉強をしてきました。今年は、私が研究してきたコンピュータの構造に関する本を、友人とともに日本で出版することができました。何かを習うということはとても重要だと思います。しかし、それがすべてではなく何かを得ようとする事や、何かを解決しようという努力はもっと大事なことだと思います。そのようなことは好きでないとなかなか好んですることはできません。私はもう一つ好きなことがあります。それは中国語でのコミュニケーションです。中国語を少しでも勉強したことがある方はわかると思いますが、日本語との共通点が多いので、勉強する中で日本語と似たような発音や意味の言葉があったりすると少しうれしくなります。まだ立派な会話はできないので苦労は多いですが、新たな単語を覚えて、大学の友人との会話や、日常生活の中でその成果がわかるのは留学でしか味わえない貴重な経験です。授業で習うことも重要だと思いますが、それだけではなく、生きた中国語を台湾の友達から生活を通して学んでいきたいと思っています。私が留学先に台湾を選んだのは、旅行を通して台湾の魅力を感じたことから始まります。大学生のころから海外旅行が好きで、学校が休みの時にアジア各地をバックパック一つで旅してきました。その中で、台湾は特別な印象を持っていました。道を歩いていて店の看板を見ればなんとなく意味が分かるし、料理もおいしい。英語で道を聞いたら日本語で教えてくれたりと。こんな経験は台湾以外ではありません。海外旅行に来ているはずが国内と同じ気軽さになり、気がついた時には留学する前まで何度も台湾足を運んでいました。2 年間台湾に居る予定ですが、今は長いように思えてもきっとあっという間に終わってしまうでしょう。ロータリークラブ米山会をはじめ、台湾の友人に感謝しながら、せっかくの留学という機会を無駄にすることなく、いろんな方と触れ合いながら研究と語学についての知識を深めていきたいと思っています。

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小野 真帆

小野 真帆

第八屆
姓名:小野真帆
獎助期間:2016年9月1日至2017年08月31日
學校:國立台灣大學國家發展研究所
編號:RYT16015

初めまして。私は、2016年度米山奨学生の小野真帆と申します。現在私は、国立台湾大学国家発展研究所に在籍しており、台湾・中国の両岸関係を専攻しております。台湾での生活も今年で5年目となり、言葉の面でも生活の面でも慣れてきて、台湾での生活を楽しむことが出来るようになってきました。そもそも日本人の私が台湾での生活を始めるようになったきっかけは、2011年3月11日に東日本を襲った未曾有の大災害である、東日本大震災にあります。それまでの私は、いわゆる普通の女子高生で、陸上部に所属しており、学業と部活動の両立に励んでおりました。しかし、怪我等の影響で思うように陸上の競技活動が出来なくなり、進学して陸上を続けたいと思っていた進路の道も諦めざるを得なくなりました。その為、今後の進路に迷っていた矢先、3.11の大震災が起こりました。地震が起こった当初は、水道や電気等のライフラインが止まり、テレビや携帯電話等も使えなかった為、情報も遮断され、明日をどう生き延びるかということに必死になっていたことを今でも鮮明に覚えています。しかし、それから数日後にはライフラインも復旧し、様々な情報も入って来るようになりました。被害の甚大さ、凄惨さを知ると共に、被災地への支援の輪が日本全国、更には全世界へと広まっていることをそこで初めて知りました。私は感謝の気持ちから、どのような国の方が支援して下さったのだろうという興味が湧いてきた為、調べてみることにしました。調べてみると、多くの国々が義捐金や救援物資という形で被災地を支えて下さっていたのですが、中でも台湾という国が義捐金等の面で積極的に支援して下さっていたことを知りました。更には震災復興プロジェクトとして、被災地の学生を台湾に受け入れ、学業や生活の支援までしていることも知りました。国土面積では日本の東北地方にも満たない小さな国であるにも関わらず、温かい人の多さ、思いやりのある国民性に感謝の念、そして興味を持ちました。その為、震災復興プロジェクトの制度を利用して迷わず台湾行きを決めました。台湾での生活は、正直に申しますと順風満帆とは言えないものでした。台湾で生活を始めた当初は、言葉の壁、慣れない環境に悩まされ多くの挫折を味わいました。ただ、それでも逃げ出さず多くのことを学び、多くの方から支えて頂き、順応していくことで台湾での生活を充実したものにすることが出来ました。そして卒業後の進路を考えた時、まだ台湾に残って勉強がしたい、多くのことを学びたいと思うようになりました。その為、大学院への進学を考え出すのですが両親にはこの話を切り出せないでいました。なぜなら私の家庭は経済的に決して裕福とは言えない状況にも関わらず、両親は経済的な理由で私の将来の可能性を潰したくないとの思いから、私が興味を持ったことに関しては無理をしてでも何でもやらせてくれていたからです。もし両親に大学院への進学の話をしたら、今まで以上に無理をしてまでも私の意見に賛同してくれていたかもしれません。しかしそれはこれ以上両親には負担をかけたくないという私の良心が許しませんでした。しかしそれでも大学院進学の道を模索していた所、米山会の奨学金制度を知りました。その為、米山会の奨学金に通ったら進学させてほしいという条件付きで両親には自分の思いを伝えることが出来ました。奨学生に選んで頂いたおかげで、私は今でも台湾で日々、多くのことを勉強させて頂いております。ここで研究に没頭させて頂き、その経験を活かして将来は日本と台湾の架け橋になれるように、日々精進していきたいと思います。これから宜しくお願い致します。

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朝野 嵩史

朝野 嵩史

第七屆
姓名:朝野嵩史
獎助期間:2015年9月1日至2016年08月31日
學校:東海大學 文學研究科歷史學專攻
編號:RYT15013

自己紹介及び台湾生活について

私は台中の東海大学大学院に在籍しております、朝野嵩史と申します。まず、ロータリークラブ米山会の皆様の温かい歓迎とサポートに、心から感謝申し上げます。

東海大学では、中国近代史を専攻しており、とくに日中関係史を中心に研究しております。

私と中国近代史との出会いは、2011年からの2年間、北京に留学していた時に溯ります。

2010年に日本の創価大学に入学した私は、4年間で日中両国の2つの学士号取得が可能であるドゥアル・ディグリーコースの学生として、北京語言大学に2年間留学に行くこととなりました。何もかもが桁違いの規模を有する中国に圧倒され、日本はこの国とは切っても切れない関係にあるのだと思い知らされました。留学1年目の2011年は中国にとって特別な意味を持つ1年でした。2011年7月は中国共産党建党90周年、9月は満州事変から80周年、10月は辛亥革命100周年、翌年1月1日は中華民国建国100周年。中国にいた私が感じたのは、近代史を知らなければ本当の中国を知り得ないということでした。その時から、学部卒業後大学院で本格的に中国近代史を研究したいと思うようになりました。

もう一つ中国留学中の出会いとして私に大きな影響を与えたのは、台湾との出会いです。中国にいると台湾についての情報があまり入ってきません。台湾海峡を挟んだ、「もう一つの中国」を見に行きたいと思い、北京からマカオ経由で台湾に行きました。台北で偶然にも日本統治期を知る方にお会いし、その方からお聞きした歴史観は中国本土のそれとは大きく違い、多様な歴史観と自由な学術環境を有する台湾に魅了され、台湾の大学院の進学を真剣に考えるようになりました。

中国留学最後の1セメスターは最も多忙でした。2012年9月は日本と中華人民共和国の国交樹立40周年の節目でありましたが、尖閣諸島国有化の問題で両国関係は国交樹立以来最悪の状態となり、デモ活動もいたるところで展開されました。私も出演予定だった学内イベントでの日本人学生の演目も直前になってキャンセル。日中関係は非常に厳しい状況ではありましたが、留学先の先生や関係者等のサポートもあって、中国語の卒業論文を無事書き上げ、翌年1月に上海港から2日かけて船で帰国いたしました。私の中国留学をサポートして下さった多くの方に心から感謝しております。2014年3月に創価大学と北京語言大学を卒業し、同年9月に東海大学に入学いたしました。東海大学入学を決めたのは、中国近代史の分野で有名な唐啓華先生がいたからです。現在、唐先生とはかつての「革命史観」とは違う新たな視点から近代中国、とくに近代日中関係を中心に研究させていただいております。

中には、私がなぜ台湾で日中関係史の研究をするのかと思われる方もいらっしゃるかもしれません。理由はたくさんあるのですが、そのなかで最も大きな理由は、台湾こそ日本と中国をつなぐ架け橋の存在になりえると考えているからです。台湾には51年に及ぶ日本による統治期があり、戦後は中華民国に編入される形となりました。世界中で、これほど長く日本によって統治され、また清朝期を含め中国としての歴史を有する場所は存在しません。台湾はアイデンティティこそ複雑ではありますが、それは日本も中国も受け入れるといった寛容さを生み出す源となりますし、台湾でこそナショナリズムに囚われないより客観的な研究ができると信じております。

研究以外にも今学期から昼休みの時間を利用して日本語の勉強会を企画し、台湾人学生だけではなく、東南アジア、中国本土からの留学生も参加してくれています。日本語学習を通して、日本に行ったことのない学生にも日本の良さや、文化等を伝えていけたらと考えております。

研究の道は厳しくかつ険しいですが、米山会の皆様の期待に応えられるよう精いっぱい努力していく決意です。これからも何卒よろしくお願いいたします。

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箭內 櫻

箭內 櫻

第七屆
姓名:箭內 櫻
獎助期間:2015年9月1日至2016年08月31日
學校:國立高雄第一科技大學 管理學部行銷與流通管理
編號:RYT15014

自己紹介及び台湾生活について

2015年~2016年度米山会奨学生の箭内さくらと申します。現在国立高雄第一科技大学のマーケティング流通管理学科に在学しています。今年の9月に2年生になり,台湾に来て1年が過ぎました。 

最初に,私と台湾との出会いについて紹介します。 

私は東北の宮城県出身です。忘れもしない2011年3月11日,東日本大震災が起こりました。私は卒業を控えた中学3年生でした。あの日教室で感じた大きな揺れを忘れることはできません。私の家族は幸いみな無事でしたが,友達の中には津波で家を失い,家族を失った子もいます。 

震災後の数ヶ月間は誰もが「こんな状態からどうやって立ち上がることができるのだろうか」と途方に暮れていました。そんな時,世界各国からぞくぞくと支援が届いたのです。中でも,日本の九州ほどの面積しかない台湾が,世界で一番多くの義捐金を送って下さったことは,日本でも大きく報じられました。今振り返ってみると,このことが台湾に興味を持つきっかけとなったと思います。 

その後,テレビやニュースで「台湾」と聞くとなぜか自分の国のような親近感が沸き,運命のように高校で中国語に出会いました。私が高校三年生になり海外での学びを考えた時には,真っ先に「あの台湾で学びたい。」と思いました。

念願が叶い,台湾の大学に入学した今,私はマーケティングや管理学,流通学,消費者行動論などを勉強しています。マーケティング流通管理学科は,プレゼンテーションが多いことで有名で,週に一つないし二つのペースでプレゼンテーションが必要になります。日々,準備に追われとても大変ですが,そのおかげでコミュニケーション力や人前で話す度胸が鍛えられていると思います。私は大学2年生ですので,まだ専門的な研究をしている訳ではありません。しかし,今学んでいることは,3・4年生での専門的な研究の基礎になる重要なことです。4年生では卒業論文も控えているので,今しっかり学び,将来に備えたいと考えています。 
大学入学して1年間は慣れない中国語での授業やレポート発表など,不安なことばかりでした。しかし,周りの友達や先生方のおかげで少しずつ台湾での生活に慣れ,2年生になった今は,学生会の活動に参加したり,イベントを主催したり,充実した生活を送っています。連休には少し足を伸ばし遠いところまで探検してみたり,台湾人の友達に日本料理を教えたりと,台湾での生活はいつも新しい発見と出会いがありとても充実しています。 

友達も増え,中国語でのコミュニケーションに不安がなくなってきたとはいえ,台湾人と日本人との考え方や行動の違いに戸惑い悩むこともあります。そんな時,米山会の皆様に会い,アドバイスをいただけることをとても心強く思っています。 

先日,米山会の皆様とお食事をした際,「米山会は一つのfamily,大きな家族なんだよ。」とお言葉をかけていただきました。この言葉が,どんなに安心感をもたらしてくれたことか。改めて奨学生に選んでいただいたことに感謝すると共に,一層勉学に励み,台湾と日本の交流に意味ある社会人になりたいと気持ちを新たにしました。 

現在の私は,まだまだ社会に対する知識も浅く,人間としても未熟です。そんな私にとって,人生の大先輩ともいえる米山会の皆様との交流は,台湾の社会,文化,経済の知識はもちろん,人生の糧となる知識を学ぶ素晴らしい機会となっています。私は高雄に住んでおり,なかなか台北や他の地方の方々お会いする機会が多くはありませんがそれを言い訳にすることなく,積極的に活動に参加し,これからの一年間で皆様との交流ますます深めたいと思っております。一年間どうぞよろしくお願いいたします。

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齊藤 由貴

齊藤 由貴

第七屆
姓名:齊藤由貴
獎助期間:2015年9月1日至2016年08月31日
學校:國立政治大學 國際經營管理英語修士課程(IMBA)
編號:RYT15012

自己紹介及び台湾生活について

皆様、はじめまして。2015-2016年度の米山奨学生の齊藤由貴(さいとう ゆき)と申します。今年の9月より国立政治大学国際経営管理修士課程に在籍し、アジアビジネスを専攻しております。平日の日中は毎日初級の中国語の授業を受け、平日夜間及び週末に英語で開講されているビジネスに関する授業を台湾、南米、欧米、アジア、アフリカ出身の同級生と共に学んでおります。2年間の留学生活の最初の一年を米山奨学生として過ごせること、大変光栄に思っております。米山会の皆様との交流を通して、台湾についていろいろなことを吸収し理解を深めたいと思っておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。

私は雪の降る11月の朝に北海道南部の小さな田舎町で生まれ、海や山、畑がある自然に恵まれた環境で育ちました。高校入学を機に親元を離れ、函館市で寮生活を始めました。その後、国際関係と通訳(日本語・英語)を学ぶため東京の大学に進学し、海外からの留学生と共に寮生活をしました。大学卒業後はコンサルタントとして大規模なプロジェクトの進捗や課題を管理する仕事や研修の運営など様々な仕事を経験してきました。

私は社会の役に立ちたいとの思いがあり、高校時代は老人ホーム・幼稚園の訪問、大学時代は国際NGOの日本支部にて翻訳兼事務インターンを経験後、ニカラグア支部で現地視察と支援プロジェクトの計画書作成、また、通訳サークルにて国際会議の通訳などをしてきました。社会人時代は本来業務の傍ら、社員の有志参加のボランティア企画の運営(チャリティイベントや東北ボランティアなど)を行っておりました。 

現在は、このような市民活動や企業のCSR活動より一歩踏み込んだ社会貢献の新形態として、企業が社会的課題に本業として取り組み、寄付に頼らず自ら利益を上げつつ持続可能なサービス提供をするビジネスモデルができ始めております。大学院在学中の2年間、先進の事例について研究をし、独自のビジネスモデルを作りたいと考えております。台湾での生きた事例を学び、日本と台湾のよいところを掛け合わせ、新たなものを生み出せたらと考えております。今後、多様な経験をお持ちの米山会の皆様からもいろいろなアドバイスを頂けたらと思っております。

私と台湾との縁はまだ始まったばかりです。大学院の出願前は台湾に行きたいと思っていたものの、まだ行ったことがありませんでした。初の台湾人の友人ができたのも去年のことです。しかしながら、一度台湾に行こうと決めてからはどんどん台湾とのつながりができてゆきました。もともと台湾に対してよいイメージを抱いておりましたが、実際に多くの台湾の方々と接する中で、台湾に留学してよかったと思うことが多々あります。

2015年8月下旬に台湾に来てすぐ、中山記念堂に立ち寄ったのですが、そこで偶然美しい虹を見ることができました。虹は希望や新しい始まりの象徴でもあるので、台湾に来たばかりのタイミングでこの虹を見られてとても嬉しく思いました。 

現在すでに11月に入り、約2か月の密度の濃い充実した日々を過ごしてきました。 

中国語に関しては、「您好」「謝謝」が言えるレベルから、お店の注文やごく簡単な会話ができるようになり、中国語の語彙も増えました。2か月前は、周りの人が台湾語を話しているのか中国語を話しているかの区別も全くつきませんでしたが、現在は、話の内容は理解できなくてもどちらの言葉で話しているかの区別はつくようになりました。まだ米山会の皆様とのコミュニケーションには不十分なレベルですが、今後も継続して学び、皆様と中国語でもっと会話できるようになりたいです。

  また、台北以外の場所に旅行に行く機会にも恵まれ、8月下旬には新入生キャンプで宜蘭へ行き、中秋節には屏東にある台湾人の友人の実家に訪問し、10月には米山会の皆様と共に花蓮に行くことができました。特に花蓮の旅では、2日の間に多くの場所を訪れ、美しい景色、おいしい料理と皆様との交流も楽しむことが出来ました。今後も米山会の皆様との交流を楽しみにしております。

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宮城 里奈

宮城 里奈

第七屆
姓名:宮城里奈
獎助期間:2015年9月1日至2016年08月31日
學校:國立政治大學 國際事務學部外交學科
編號:RYT15011

2015-2016年度の米山会奨学生になって

2015〜2016年度、米山奨学生の宮城里奈と申します。現在国立政治大学外交学科2年生で、主に國際関係について学んでいます。台湾に来てから2年半が経ち、台湾の文化、そして日々中国語づけの生活にも慣れてきたところです。大学が始まったばかりの頃は、専門的な中国語での授業やクラスメイトとのディスカッションで、私の語学力の至らなさもあり苦戦の日々でしたが、それもこれも、友達、家族、そして米山会の方々のおかげ様で今日ここまで過ごすことができました。改めて、支えてくれた周りの皆様、そして多くの応募者の中から私を奨学生として選んでくださった米山会の皆様に深く感謝しております。

私が中国語を勉強するようになったきっかけは、高校の登下校の際に中国人や台湾人によく道を聞かれることから始まります。それまで私は世界に通じるには英語が一番に必要だと思っておりましたが、しかし、それ以来、英語と中国語のどちらも必須であると気づき、本格的に中国語を学ぶことを決意いたしました。よく、なぜ中国大陸の方ではなく、台湾に留学しているのか、ということを聞かれますが、それは、台湾の方が私に合っていて住みやすい環境だと考えたからです。國際高校に通っていた私は、上海にある大学に行くか、或いは日本の大学に行き交換留学を選択するかで人生の大きな進路選択に迷っていました。しかし、その時日本と中国の国際関係があまり良くなく、中国国内の反日デモが頻繁に行われていたため、親や友達、周りの人は上海の大学への進学は断固たる反対で、私自身も快くないものでした。そんな時、当時通っていた中国語スクールの先生が台湾人で、台湾に行くことを勧められ、まずは旅行に行ってみることにしました。台湾を訪れるまでは、台湾に対する印象はあまり良いものではありませんでした。しかし、実際来てみると私のイメージとは打って変わって、人も良く、食べ物も美味しく、何よりも日本人にはとても住みやすい環境で、すぐに台湾の大学に行くことを決心しました。

私が国際関係に興味をもつようになったのは、他でもなく母の影響です。私の母は、日系アルゼンチン人で、アルゼンチンで生まれ育った日本人です。母方の親戚の方は、今でもアルゼンチンに住んでいます。小さい頃からよく、南米はどんな場所で、どのような文化があるのか、そのような話をたくさん聞いていました。中学校にあがってやっと、それが特別な環境だということに気づき、日本以外の国にも目をむけるようになりました。 

大学部では、主に国際関係を学んでいますが、他には管理学や観光学なども積極的に学んでいき、その上、英語や中国語の語学力も同時に上げて行くことが目標です。さらに台湾にいるこの時間に、台湾独特の文化、台湾でしかできないことを自ら積極的に挑戦していけたらなと思っています。大学卒業後のことについては、まだ具体的には決めておりませんが、将来としては、大学で学んだものを活かして、沖縄の観光業に貢献していきたいと思っております。最近の沖縄では中国人や台湾人、更には韓国人の観光客の数が年々増加しており、それに伴い飛行機や船の便も増えています。しかし、実際に国外、県外に出てから気づかされることは多く、今まで当たり前に感じていたことが実は他の場所にはない魅力であると気づき、今まで何も感じなかったことが他の場所と比べて不便に感じたりして、私としてはまだまだ改めるべきところも多いと思っています。沖縄の文化を残しつつ、外国人の観光客の方々にとってもより良い環境をつくり、沖縄の観光業を発展させていけたらと考えております。

皆様、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

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関口 大樹

関口 大樹

第六屆
姓名:関口大樹
獎助期間:2014年9月1日至2015年08月31日
學校:國立台灣師範大學 台灣史研究所
編號:RYT14010

2015年 一年を振り返って

台湾での留学生活、米山会の皆様から応援頂いてから一年が過ぎました。留学前までは3カ月語学遊学をした程度で、今から思うと台湾の社会もあまり理解していない中での留学開始でした。

そんな環境の中、ヒロさんはじめ米山会の皆様が温かく見守ってくださったこと、沢山の新たな出会いの場を用意していただいたこと、様々な場所に連れて行ってもらったり、活動に参加させて頂いたりもしとました。こうした時間を通して私の人生は大きく上向いたと感じています。皆様のエンパワメントが無ければ、今の私はありません。本当に充実した一年でした。ありがとうございます。

昨年9月に大学院修士課程の台湾史研究所に入学し、それからの毎日は驚きと楽しさと、そしてちょっぴりの辛さに溢れていました。

私がもともと抱いていた大学院のイメージは授業を受け、じっと論文を読み、研究をするというものです。しかし、実際に入学すると少し違っていました。台湾史研究所はとても活動的でフィールドワークや講演会や研究発表会への参加、インタビュー、更には海外大学の学生との国際交流や設立10周年記念イベントでのダンスなどバラエティに富んでいます。

台湾の歴史や文化は長らく社会的に弾圧されてきました。それゆえ先生も研究や教育、外部への発信にとても熱心なのです。日本では考えられないほどの熱い情熱で取り組まれる先生方の姿がそこにはあります。こうした環境は台湾の歴史や文化を通して台湾をもっと知りたいと思っていた私にはぴったりでした。

また、沢山の地域や活動に出かけ、実際に体験して本物に触れることで台湾を理解するように努めました。中でも日本時代にお生まれになったご老人方の集まりである友愛会や台湾歌壇への参加はとても印象的です。彼等から直に日本時代の話、戦後や現在の事、考え方を伺えるのは貴重なチャンスで日本ではできない事でしょう。 

戦前、台湾の青年たちは日本と台湾のために命を懸けて尽くしました。中には戦地へ赴いた方もおられるのです。彼らがいなければ今の台湾と日本はありません。彼らの話を将来世代へ残し、繋いでいく‐これが私の使命だと思っています。こうした気持ちを大切にしながら研究を進めていきたいと思います。

皆様の温かい応援があってこそのこの一年でした。私もこのうけた恩を次の誰かに返していく‐「恩送り」という言葉を胸に進んでいきたいと思います。ありがとうございました。

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三浦 崇志

三浦 崇志

第六屆
姓名:三浦崇志
獎助期間:2014年9月1日至2015年08月31日
學校:國立政治大學 經濟系研究所
編號:RYT14009

一年間の感想

2014年3月18日に臺灣の学生と一般市民が立法院を占拠した学生運動から始まった社会運動(ひまわり学生運動)。2014年5月21日、台北地下鉄通り魔事件。2014年7月23日トランスアジア222便墜落事故、2014年8月1日、高雄ガス爆発事故。台湾は2014年本当に多くの事件や歴史的な出来事を経験してきました。そんな矢先2014年9月から始まった私の臺灣で過ごす人生初めての大学院生活は、初めの頃は不安もありましたが、特に大きな事件に巻き込まれるといったこともなく、穏やかに過ぎ、そして新たに今年2015年9月から大学院生活の二年目が始まりました。

去年一年間を振り返ってみると、私は本当に多くの人たちに支えられながらいろいろな困難を乗り越えてこられたのだと気付かされます。その中でも特に大変だった事は必須科目の中間と期末テストだったのですが、テスト勉強でストレスが溜まりどうしようもなかった時、同期の大樹さんに何度も話を聞いてもらったりしてとてもお世話になりました。そして毎月集まる奨学金の受け取りにおいて、初めの頃は少し緊張していたのですが、ヒロさん達に会って話しながら食事をすることで、お腹も心も満たすことができました。ほとんどただひたすらペダルをこぎ続けただけでしたが、自転車での台湾一周旅行もできました。ボランティアとして参加した清掃活動では初めての女子トイレの掃除と日本語通訳のお手伝いをしました。その他にもロータリークラブの年度大会、名刺交換したことも初めての体験で、どれも思い出深いものでした。そんなにたくさんのことを経験で来た一年もあっという間に過ぎてしまい、後二か月後には大学院生活も残すところ半年弱となってきました。

米山奨学金の学生として、政治大学の学生として、日本人として、責任感を持って過ごしてきた「学生生活」も本当に最後となり、これからは一社会人として世の中で必要とされるような人間になれるように生き。今までお世話になってきた人たちから受け取ってきた恩を二倍三倍にして返していくことができるそんな人間に成長していくことを今後の目標とし日々精進していきます。

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井本 綾司

井本 綾司

第五屆
姓名:井本綾司
獎助期間:2013年9月1日至2014年08月31日
學校:國立台灣藝術大學 音樂學系研究所
編號:RYT13008

感謝のことば

早いもので、私が台湾に来てからあっという間に一年が過ぎました。昨年9月、台湾に来たばかりのころは中国語もままならず、また大学院の授業や日々の生活に慣れるのに必死で、すごく不安な毎日を過ごしていたことを思い出します。大学では西洋音楽を主に勉強しているため、洋書を読んで、中国語を用いてレポートの執筆、口頭発表をするため、授業の準備にたくさんの時間を費やしていました。重ねて、実技試験や演奏会のためにピアノの練習も欠かせず、目の前のことをこなすのが精一杯で、毎日が目まぐるしく過ぎていったことを思い出します。

そんな忙しい毎日のなかで、米山会の皆さんと過ごした時間はとてもかけがえのないものでした。米山会の皆さんは会うたびに「台湾での生活や学校には慣れましたか」「中国語上達しましたね」と、優しい言葉をかけてくださり、そのたび温かい気持ちになりました。また、皆さんの経験談やお仕事の話、留学の話を聞かせていただくことは、若輩者の私にとってとても貴重な機会でした。自らの目でみて触れて考えた事象を、自らの言葉で伝える。そこには当事者にしかわからない背景が広がっています。そんな貴重なお話を聞く機会は、私に見聞を広げ、柔軟に物事を考えるきっかけをくれました。さらにはたくさんの場で演奏させていただく機会をいただきました。みなさんに私の演奏を聴いていただき、感想を直接伺うことで、日々の勉学への活力が生まれました。

台湾に来てから一年が経ち、精神的に余裕ができたように思います。余裕が生まれると、今まで見えなかった、目につかなかったことを感じとれるようになりました。例えば、学校のなかにすごく風通しがよく心地よい場所を発見したり、あまり親しくなかった友達と実は共通の趣味をもっていたことがわかったり、近くに美味しいカフェがあったり、友達の愛犬がとても可愛いかったり、冷えたビールが美味しかったり。一見小さなことですが、そういう小さな楽しみが、再び迎える新しい一日をより楽しく新鮮にしてくれる気がします。台湾でそういう様に感じれるようになったのも、米山会のみなさんと出会い、見守ってくれる人がいるという安心感があったからです。

最後になりましたが、奨学金を支給していただき、また留学生の私にたくさんのサポートをしていただいたこと、心より感謝申し上げます。卒業を控えた残り一年はさらに忙しくなると思います。しかし忙しさを言い訳にせず、きちんと勉学に励み、日々の生活をしっかりとみつめ、「留学に来てよかった」と充実感をもって留学生活を終えられるように努めたいと思います。また米山奨学生として恥じないよう日々を過ごしていきたいです。卒業後の進路ははっきりと決まっていません。しかし私が米山会の皆さんとの出会いのなかで安心感ややさしさをいただけたように、自分も誰かにとって安心できる存在、そうなれる優しさをもった人間になりたいです。

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市川 望

市川 望

第五屆
姓名:市川 望
獎助期間:2013年9月1日至2014年08月31日
學校:國立台灣藝術大學 博士班
編號:RYT13007

一年間の感想

2013-2014年度扶輪米山奨学生の市川のぞみです。

この一年間扶輪米山奨学生として皆様にご支援を賜りまして本当にありがとうございました。

毎月行われる米山の会議では、経済面や精神面などをサポートしていただき参加するたびに米山会の方々と距離感が近づき、すぐに打ち解けることができました。また、様々な活動に参加することで、会議の時にはお会いできない方ともお話することができ、多くの方々と交流することができました。

三峡の山奥にある大板根渡假温泉に一泊二日で行った時は、久々に自然に囲まれた所でハイキングをし、ヒロさんご家族とお話しをしながら軽い汗を流し、夜はたまたま出会った米山の皆さんとテーブルを囲んで学校のことなどお喋りをしました。

桃園にある法務部矯正署へ行き、呉署長の講演を聞いたのは、一般の人も普段経験できないことで、大変貴重な体験をさせていただきました。矯正署という響きから恐ろしい所へ行く心構えで緊張して行ったところ、ちょうど桜が咲いていた頃だったので、穏やかな気分になったのを思い出します。

その他、小学校のトイレ掃除や音楽コンサートの通訳ボランティア、サイクリングなど、ほぼ全ての活動に参加いたしました。

台中文心社の活動に参加した際は、スローガンを書きそれをプレゼントし、更に皆様の前で揮毫する機会も設けていただきました。同じ奨学生の井本さんもピアノを披露し、念願の二人揃って領域を超えた交流が出来たのも良い思い出の一つです。たまたま井本さんとは同じ大学の同じ宿舎に住んでいたので、米山会の事や、大学の授業の事、芸術に関すること、プライベートの事など、何でも話す仲になりました。これも米山を通して出会った縁なので本当に感謝しております。

これらの月々の活動以外にも、個々に米山の方からご連絡をいただき、ある方は台湾芸大の副校長を紹介してくださり、会食の機会を設けていただいたり、またある方は私が清朝の時代の研究をしていると分かると、乾隆帝の書籍を郵送してくださったり、美術の展覧会のチケットをくださいました。その他にも、芸大の先生を紹介していただき、また奥様と一緒に食事に誘ってくださり、活動の時に着るTシャツも「素敵ですね」というと、次の活動の時にプレゼントしてくださいました。

これらの温かい米山会の方々にご支援していただいたお陰で学業に専念することができ、無事に卒業単位をすべて修得することができました。心と時間に余裕ができたので、理論の面では国内外の学会や討論会に参加し、学業成績も一年生の頃に比べて向上いたしました。技術の面では授業で学ぶ書画、篆刻の他に、他学科の教授から週に二日一対一で鉛筆と木炭のデッサンの手ほどきを受けました。

その他、博士課程のクラスメートと共に、三峡へ行き、陶器に絵付けをしてカップやお茶碗などの作品を制作したり、授業でお世話になった台中や彰化にある先生方のお宅に招待していただいたりしました。

博士論文は、毎週火曜日に指導教授とランチをしながら、進捗状況の報告をし、問題点やアドバイスを指摘していただきました。私の研究している呉昌碩という方は2014年9月12日で生誕170周年を迎えたので、それを記念して中国や日本で様々なイベントが開催されました。呉昌碩の故郷である浙江省安吉県という所では、新しく建てた呉昌碩紀念館が開館し、その開幕式に招待していただいたので、研究資料の収集も含め、安吉まで行きました。そこで、館長さんを通して、呉昌碩の末裔の方を紹介していただき、その方のご自宅で色々とお話を伺うことが出来ました。また、翌日には彼から同じく呉昌碩を研究している方を紹介していただき、安吉の方でしか知らないような情報などを教えていただきました。紀念館の中の様子は初めて見た資料も多々あり、収穫がたくさんありました。

日本に帰国後、東京で開催された篆刻の討論会に参加した際、たまたまロータリー米山の方と出会いました。見ず知らずの方でも「ロータリー米山」と聞くとなんだか仲間意識のようなものが芽生え、溝が無くなり、すぐに打ち解けることができました。一年前は私自身、「扶輪米山会」と言われてもあまり理解できませんでしたが、たったの一年間でこれほどにも米山色に染まっていることに気付かされました。これも全て、「扶輪米山会」の方々が私に良くしてくださったおかげです。

最期になりましたが、皆様本当に一年間お世話になりました。皆様のご支援があってこのように充実した留学生活が送れたので、引き続き、勉学に励み、いつかは私も米山会の支援する側になりたいと思います。

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名嘉 百子

名嘉 百子

第四屆
姓名:名嘉百子
獎助期間:2012年9月1日至2013年08月31日
學校:國立台灣大學 政治研究所
編號:RYT12005

米山奨学生として過ごした一年間

私は2012年9月から2013年8月まで台湾米山奨学生の第4期生として奨学金を支給していただきました。米山会との出会いは、先輩が米山奨学金の存在を教えてくれたことがきっかけでした。その頃の私は、一人で家計を支えてくれていた母が交通事故により重傷を負ってしまったことで、精神的にも経済的にも非常に苦しい状態でした。休学も考えていましたが、一か八かこのチャンスに自分の夢をかけてみたのです。日本で米山記念奨学会事務局スタッフの栗原様から電話連絡を受けた際は涙が止まりませんでした。

米山会は私に「諦めなければ人生は変えられる」ということを強く実感させてくれました。経済的な不安がなくなり今まで以上に学業に専念できた結果、私が在籍する国立台湾大学政治学部国際関係学科の必修科目の中で一番難しいとされる科目を無事に履修し終えることができ、4年間での卒業が現実的に見えてきました。全て米山会のおかげです。

米山会の方々は、初めてお会いした時から支給期間が終了した今でも、変わらず常に温かく接してくださいます。そして皆様は口々に「あなたはこれからもずっと米山奨学生です。いつでも私達を頼ってください。米山会はあなたの台湾の家族です。」と言ってくださいます。そう言っていただけて本当に嬉しかったです。阮前理事長、林理事長夫妻とはほぼ毎月のようにお会いし、お会いした時はいつも「学校はどうですか?お母さんはお元気ですか?」と聞いてくださいました。御三方だけではなく、他の方々にも大変温かく接していただき、個人的に連絡を取り合って食事やサイクリングに出掛けたり、ご自宅に伺ったりもしました。その時に皆様が話してくださる、日本留学時の様子や帰国後どのようにその経験を生かしてきたか、台湾での社会人生活とはどういうものかなど、それぞれの方が努力をし、長い時間をかけて培った経験や知識が詰まった貴重な体験談を聞けたことは本当に幸せなことで、卒業後の進路を考える道標となっていくことでしょう。

一年が経った今、日を追うごとに感謝の気持ちが増していきます。振り返ると、私はこれまで本当に多くの方々に助けられ、支えられてきました。そして、外国人である私を温かく受け入れ、育んでくれている台湾という地に対して心から感謝します。台湾の人々から受けた恩は決して忘れません。台湾は私の第二の故郷です。米山会から学んだ「感謝・恩返し・助け合い」の精神と、この一年間で経験したことを今後の人生に生かしていきたいと思います。米山会と出会えたことが私の環境を大きく変えてくれました。他の応募者もいた中、私を選んでいただけたことには必ず意味があるはずです。きっと今の私ではその全てはわからないでしょう。ですが、どんなに時間がかかろうともこれから先の人生をかけてそれらを見つけていきたいです。米山会がこの先もずっと続いていくこと、私のように台湾留学に夢を抱く学生が一人でも多くその夢を叶えられることを心から祈っております。そして、私自身もいつか米山会の皆様のように人一人の人生を良い方向に導くことができる、そういった人材になれるよう努力して参ります。その第一歩として、来年6月の卒業まで精一杯悔いの残らない学生生活を過ごしていこうと思います。いつか私が自分の夢を叶えた時、笑顔で皆様のもとへ報告に伺う日を待っていてください。どうか皆様お元気で。一年間、本当にありがとうございました。

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川島 尚子

川島 尚子

第四屆
姓名:川島尚子
獎助期間:2012年9月1日至2013年08月31日
學校:國立台北教育大學 歷史學碩士
編號:RYT12006

「おかえり」と言ってもらえる私のもう一つの家族、台湾米山会

私は2012年9月~2013年8月まで、台湾米山奨学生の第四期生として奨学金を支給していただきました。 

私が米山奨学金に応募した動機は、私がヒトとして生きる上で最も大切にしている「人との縁」を、米山会の皆様も大切にしていたためです。大学の時に一度交換留学で台湾に来たことがあり、現地の知人はすでに多くいましたが、今回も更に多くの人との縁に巡り合いたいと、そう思っていました。留学中の活動の拠点は、「学内」というコミュニティーに縛られがちです。しかし、私は「台湾米山会」での交流を通じ、学内以外の多方面において人脈を広げることが出来ました。台湾米山会のイベント行事は私にとって人の縁と巡り合う大切な機会でしたので、出来る限り参加させていただきました。更には自ら様々な会員の方と連絡を取り、行事がない時でも個々でお会いしていただいたことも多々あります。そのため、多くの会員の皆様は、私たち2人の奨学生の顔と名前を覚えて下さっています。この様に与えられるだけではなく、自ら多種多様な背景を持つ会員の方と交流を深める機会を作った結果、私と台湾米山会の皆様との「縁」は、次第に「絆」へと成長したと私は思っております。台湾米山会の皆様は、私が日本へ一時帰国する前には「寂しいから台湾に早く帰って来てよ」と、台湾へ再び戻った際には、私が日本語のなかで一番好きな言葉である「おかえり」と言ってくださります。“台湾で待ってくれている人がいる”というこの事実は、他でもない、台湾米山会の皆様の温かくて優しい人柄と、自身の行動力があってこそ実現出来たのだと思っております。        
今回、会員の皆様のみならず、同期奨学生である名嘉百子さんと出会えた縁にも非常に感謝しております。台湾米山会の活動以外に、プライベートでもよく会い、互いに切磋琢磨しながらこの一年を共に走り抜けてきました。 

様々なコミュニティーに属すことはそれ程人との出会いがあり、その度に新たな自分も発見し、毎日が充実します。留学生というのは、現地で多くの人と出会うことでその土地の文化に触れ、よりその土地を身近に感じられます。また、人との出会いが多い程、国境を越え、同じ思い出を共有する仲間が世界に増えます。この喜びを感じられるのは、留学生の特権です。

今回、米山会の奨学生になり、会員の皆様と積極的に交流したことでまた新たな自分を発見できました。これまでの1年間充実した留学生活を送ることが出来たのは、台湾米山会の皆様のサポートがあったからです。本当にありがとうございます。そしてこれからも引き続き台湾米山会の皆様と交流を深めていこうと思っておりますので、何卒宜しくお願い致します。なぜなら、台湾米山会の皆さんは私にとって大好きな台湾の家族だからです!

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加藤 有花

加藤 有花

第三屆
姓名:加藤有花 Yuka
獎助期間:2011年9月1日至2012年08月31日
學校:國立高雄師範大學 視覺設計系
編號:RYT11004

米山会奨学生スピーチ

米山会の会員の皆様こんにちは、2011年度米山奨学生の加藤有花と申します。私は台湾に来て1年3ヶ月になります。現在国立高雄師範大学のビジュアルデザイン学科に在籍しており、これから4年間勉強する予定です。大学入学前は国立中山大学の中国語センターにて1年間中国語を勉強しました。

台湾へ留学する前、私は仕事をしていましたが、以前より大学進学し、自分の好きな分野を追求したいと強く希望していたこと、また台湾に興味があり、台湾文化を実際に体験したいと思い、来台を決意しました。

台湾に来て驚いたことは多くありますが、やはり現地の人がとても親切な事でした。私が始めて米山会の皆様とお会いしたときも、手厚く歓迎してくださり、私はとても感激しました。大学では、授業の時にわからない部分があれば、クラスメイトが丁寧に教えてくれ、テスト期間中は互いに情報交換し励ましあったりと、いつも私の支えになってくれます。これらの他にも問題があった時や些細な悩みにも台湾の方は嫌な顔一つせず対応してくれました。そのたびに私は感謝の気持ちでいっぱいになりました。最近では東日本大震災の際にも台湾から多くの義援金が届いたと話題になりました。台湾政府だけでなく一般からも多くの寄付があった事は私を含め、多くの日本人を驚かせました。また台湾人の国民性が強く現れた瞬間でもありました。台湾人のおおらかで人情味のある国民性は私たち日本人も見習わなくてはいけないと思いました。

  
現在の私は一学生であり、勉強についていくのでやっとの身ではありますが、大学卒業後は勉強した事を生かし、デザイン関係の仕事に就職したいと希望しております。たとえば、SOGOなどの日系デパート企業のディスプレイデザインなどです。近年台湾ではデザインウィーク、ファッションウィーク等のイベントをあちこちでみかけ、デザイン関係の本も多く出版されている等、デザイン関係においても目覚しい発展を遂げていると強く感じます。私もこの分野に関われるように、勉学に励み、米山奨学生としての自覚を強く持ち、いずれは台湾と日本の架け橋になれるような仕事をしていきたいと思います。

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工藤 夕奈

工藤 夕奈

第三屆
姓名:工藤夕奈 Yuna Kudo
獎助期間:2011年9月1日至2012年08月31日
學校:國立台灣大學 社會科學院
編號:RYT11003

日本と台湾との架け橋に、わたしはなりたい

この三ヶ月を落ち着いて振り返ることができるのは一重に空港で暖かく迎えてくださった阮さんや林さんを始め、その他たくさんの米山会の皆様が私をフィジカル・メンタルでサポートしてくださり、安心して今までの台湾生活が送れたからという理由のほかはないしょう。まずは改めて、このように恵まれた機会を私に与えてくださった米山会の皆様に心より深く感謝申し上げます。

さて、ここで私の自己紹介を含め、台湾との出会いを振り返ってみたいと思います。私は高校在学中2007年−2008年にかけてロータリー青少年交換留学生としてスウェーデンのヨーテボリに一年間留学しました。そのときに出会ったのが、台湾から来た現在の親友です。私と彼女は一年間を通し、時にはぶつかり合うこともありましたが、お互いの文化や思想を熱く語り合い、多くのことを学びました。結果的にその衝突さえも台湾を深く知ることのできるきっかけとなりました。彼女のおかげで私はその当時まで知らなかった新たな世界、「台湾」を知ることができたのです。その後私は、現在在学中の国際教養大学に進学し、迷わず日本台湾会議に参加しました。本開催では念願の初台湾入りを果たし、現地の大学生との交流をはかることができました。このように幸運にも台湾との関わりがあった私は、また幸運にも国立台湾大学に留学することができたのです。

こうして出会った台湾で、私はこれまでたくさんのことを学び、自身にとっても大きな成果がありました。授業や台湾の人々との交流を通しポップカルチャーだけではなく、政治や社会問題、経済など多岐に及ぶ分野を学習しました。だが、これらのなかで特別重要な成果は、ロータリー青少年交換留学の使命と通ずるかもしれませんが、台湾の人々との交流関係が築けたことです。小さいことではありますが、お互いが文化や人種の壁を乗り越えた「友達作り」が将来的には大きな輪になり、実を結ぶのです。特に正式な国交のない日本と台湾にとってはなおさらこのような、これから世界を担っていく若い世代の「つながり」が大切だろうと思います。こうして一年間の台湾留学で培った幅広い知識・経験を生かし、私自身日本と台湾との架け橋の役割を担っていきたいです。その為にもよりいっそう残りの留学期間を充実させ精進してまいる所存であります。

最後に、今年3月11日の東日本大震災においては台湾扶輪会を含め米山会の皆様にも多大なご支援をいただいたことに、日本人・岩手出身の人間として深く感謝申し上げます。皆様の暖かい気持ちは今でも私や、多くの日本人の心の支えになっています。

留学支援・震災支援ともに重ねて感謝申し上げます。本当にありがとうございました。これからもどうぞよろしくお願いいたします。

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笹川 優子

笹川 優子

第二屆
姓名:笹川優子 Yuko
獎助期間:2010年9月1日至2011年08月31日
學校:國立台灣師範大學 國際與僑教學院 
華語文教學研究所碩士班
編號:RYT10002

台湾米山奨学生としての1年間

私は台湾米山奨学生の第2期生として2010年9月から2011年8月まで奨学金を支給していただきました。2009年、大学時代の中国語を担当している教授から偶然にも「日本人若手研究者対象台湾米山学友会奨学金制度」の事を教えていただいた時、「なんと素晴らしい制度が設けられたのだろう」と興奮しました。しかし、奨学金申請時私はすでに国立台湾師範大学大学院の修士課程において就学しており、新入生ではありませんでした。そのような条件であるにも関わらず、みなさんに選んでいただき感謝の気持ちでいっぱいです。そこで、この1年間台湾米山奨学生として自分なりに感じたことを述べさせていただきます。

奨学金を1年いただけるということで、長い留学生生活における経済的負担が軽減され、学業に更に安心して打ち込めるようになりました。学業方面で優良な成績を残すこともまた皆さんへの感謝のしるしと考え、この1年間学業、研究方面に今まで以上に力を注ぎ、自分なりに満足のいく結果を得ることができました。

私が台湾へ来てすでに4年目ということもあり、生活面での問題はとくにありませんでしたが、台湾の経済、文化など知らないことはまだ山ほどありました。台湾の現状を多方面から理解するために、新しい体験をさせていただけたのは台湾米山奨学会の皆様、また貴協会を通じて知り合った多くの方々と交流できたおかげです。

この1年間であらゆる分野でご活躍されている方々と知りあう機会があり、最初の半年間は会議や大会、活動に参加するなどめまぐるしく時が過ぎていきました。特に印象に残っているのは、2010年12月の年度大会でロータリー米山記念奨学会の板橋敏雄理事長にお会いし、台湾での留学生活の近況をご報告できたことや、2011年1月には許邦福前理事長から娘さんの結婚式にご招待していただきました。また台湾法務部矯正署署長呉憲璋さんに桃園の刑務所施設を案内していただいたのは本当に貴重な体験で、とてもいい勉強になりました。

その他、台湾で留学生活を送っている私にロータリーの皆さんが過去の日本留学時の生活の様子やその経験を台湾でどう生かしているかなど日々の努力を話して下さいます。これら先輩方の貴重な経験談は今後私が将来進むべき方向へのアドバイスにもなっています。

私は本当に多くの心優しい台湾の方々に助けられ、留学という大きな夢を実現できています。親元を離れ1人海外で生活するのは簡単なことではありません。しかし、日々充実した日々を送れているのは困った時にはいつでも手を差し伸べてくれ、常に気にかけてくれているみなさんの温かいご支援があったからだと思います。台湾米山会の方々が「私達はあなたの台湾の家族です」とよくおっしゃって下さいました。そして電話で「学校のほうはどうですか?お変わりありませんか?」と私の学校生活をよく気にかけて下さいました。なので私も日ごろの学習状態や近況などを伝えたり、時には弱音を吐いたりと、この家族のようなやりとりはとても心地良いものであり、皆さんの優しさを多々感じました。

いつもロータリーのみなさんとの交流を通して感じるのは、「感謝の気持ちを忘れずに、恩返しをしていこう」という志を大切にされているということです。私がこの1年間頂いた奨学金「日本人若手研究者対象台湾米山学友会奨学金制度」も皆さん日本での留学時代に「ロータリー米山記念奨学金」にお世話になった恩返しの気持ちから始まったものです。このような制度は今後台湾に留学を夢見ている日本人学生に希望を与え、海外に羽ばたく機会も更に増えることと思います。そしてまた日本人学生もこうした心強い援助を得て、台湾と日本の更なる発展に貢献していくことでしょう。

台湾で体験したロータリーの方々との交流、またみなさんの志、精神に触れ、台湾と日本は強い絆で結びついていると肌身に感じました。皆さんの努力でその絆はこれからも変わらずますます強くなるでしょう。私も皆さんの努力に触発され、将来何らかの形で必ず台湾の皆さんに恩返しをしたいです。そして私自身これからも何事にも一生懸命取り組んでいきたいと思います。皆さん1年間本当にありがとうございました。

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山下 世莉

山下 世莉

第一屆
姓名:山下世莉 Seri
獎助期間:2009年9月1日至2010年08月31日
學校:政治大學國家發展研究所
編號:RYT09001

米山奨学生として過ごした1年間

この度、初の米山奨学生として、1年間台湾で過ごさせていただきました。米山会のみなさんには言葉では表せないほど感謝の気持ちでいっぱいです。こんなにも温かい国、台湾へ来られた事、そこで米山会の皆様と共に過ごせたことは、私の人生において本当に特別な1年となりました。

私は、今までオーストラリア、ニュージーランド、上海の3つの国に留学した事があります。1度でも留学した経験がある方なら誰でも思う事だとは思いますが、留学生にとって現地の友達や知り合いを作る事は非常に困難です。留学生は留学生の友達と過ごすのが普通でした。もちろん、様々な国から留学生は訪れますから、多くの国の文化を知ったり、友達になったりすることはとても楽しい事です。しかし、折角留学したのにも拘らず、その国の友達を作ることが出来ないというのは、とても寂しい事です。私は、台湾へ来る前も、「きっとここでも、現地の友達を作ることはきっと出来ないだろう」という、気持ちでいました。しかし、今回は本課生として現地の学生と一緒に授業を受けるのですから、一種の「一人」で過ごす覚悟をして留学しました。ですから、今迄は飛行機に乗る前は期待でいっぱいでしたが、今回は初めて少し怖気づいていました。しかし、私の心配は全て取り越し苦労で、本当に楽しい1年を過ごす事ができました。

空港に到着した際も米山会の方々が温かく迎えてくださり、その後すぐに私を囲む会を開いて下さいました。そして、前のレポートにも書いたのですが「米山会のみんなはあなたの家族です、なにかあったらすぐに頼ってくださいね。」と言ってくださいました。別にホームステイをしているわけではないのに、本心からこのように温かい言葉をかけてくださり、その時は本当に感動しました。その後も、何度も米山会の皆さんとお会いし、よく日本へ留学していた時のお話を話してくださいました。その中で皆さんが共通しておっしゃる事は「留学していた時に日本の方に本当にお世話になったのでその恩返しがしたいのです」ということでした。米山会の皆さんには、人と人との温かい繋がりがあるからこそ、今私がここにいられるのだといつも教えられているような気がします。皆さんの感謝の気持ちが私を台湾へ連れてきてくれた、だからこそ、私も皆さんへの感謝の気持ちを米山会の皆さんだけでなく、もっと多くの人たちに届けたい、お返しがしたい、と思うようになりました。日本にずっといたのでは、絶対にこんな気持ちにはならなかった、と思うと米山会の皆さんや、台湾という国は、本当に温かく、多くの感銘を受ける場であったと思います。

私は、前期は学校の課題がかなり多く、実を言うと、自ら遊びに出かけた事は3回しかありませんでした。台湾の観光スポットも全く行ったこと事もなければ、有名なお店で食事をした事もありませんでした。そんな中で、米山会の皆さんとお会いするのは私にとって良いストレス発散の場となりました。みなさんとたくさん日本語を話したり、美味しい食事をする事で、ガス抜きをする事ができました。また、私が学校ばかりに籠っているので、心配して、色々な所へ連れて行ってくださいました。本当に皆さんの優しさに支えられた1年でした。

私は今回この米山奨学金をいただいた事によって、本当に良い社会勉強ができたと思っています。ロータリークラブの例会に何度か参加させていただいたり、色々なパーティーに招いていただき、本当に多くの方々とお会いする事ができました。私は今までの生活において、こんなに多くの年上の方にお会いする機会無かったので、初めは、パーティーに参加する際、いつも緊張していました。初めて会った人とどんな会話をすれば良いか分からず戸惑ったり、スピーチで何を言えば良いのか分からず、オドオドしていました。しかし、台湾の方々は皆さんとても優しく、フレンドリーに話しかけてくださいました。また、スピーチは未だに緊張はしますが、なんとかこなせるようにはなってきました。また、米山会の方の勧めで、ロータアクトにも参加し、同年代の人達と社会奉仕をしながら、交流を深める事も出来、本当に良い経験ができました。

この1年は私にとって本当に素晴らしい1年になりました。1年前の私は、自分がこんなにも台湾を好きになるとは思ってもいませんでした。国の魅力というのは歴史遺産や自然遺産だけではなく、そこに住む人々からも出てくるものなのだな、と感じた1年でした。これから、卒業まで少なくとも1年はあるので、もっと楽しみ、しっかりと勉強に励みたいと思います。

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